スリーピース 1

02:マイボス、マイヒーロー

「そういえばボスって友達いるんですか」

何の他意もない純粋な疑問だった。膝の上で広げていた雑誌から顔を上げたボスがこっちを見たのがわかったから、あたしも何とは無しにそっちを見た。あたしの質問の答えは、あたしを睨むボスの顔に書いてあった。

「何で、急に、そんなことを、訊くわけ?」
「…いや、ボスが今歌ってたんで…気になって」

なんかすみませんでした、と言うと、ちょっと謝らないでくれる、と凄まれて事態は思いもよらず深刻な方向へ。あたしにも友達はいないし、別にほしいとも思わない。自分にも他人にも、友達がいてもいなくても、それはただそれだけのことだったのだけど、どうやらボスには違ったらしい。

愛と勇気だけが友達さ、と機嫌よく歌っていたボスの顔が、今は不機嫌に張り詰めている。これが本当に不機嫌なのか、不機嫌なふりをしているだけなのか、あたしにはわからない。

刑事は芝居ができてなんぼ、と昔よく聞いたあのセリフ、実はただ演技するのが好きなだけなんじゃ、とたまに思う。だって家にいるときでもあたし相手に芝居を打って、ねえねえびっくりした?みたいなしょうもないことをよくするから。

演技が好きっていうより人を騙すのが好きなのか?と新たな疑問を抱いたところでボスが、あのねえ木元、と急に猫を撫でるような声を出した。

「ヒーローってのは孤独なもんなの。わかる?」

はあ、としか言い様がないので、はあ、と返した。その後ボスが語ったヒーロー論にもすべて同じ相槌で返した。一通り話し終えてボスは満足したらしく、最後にだからくだらないこと聞かないの、と言って雑誌に戻った。

ふむ、とあたしは思う。ボスにはボスを慕う仲間(対策室のみんなはまさにこれだ)がいる。対抗心を燃やしつつもお互いに認め合うライバル(玲子さんとはそんな感じの関係だった気がする)がいる。いざとなったら全力でバックアップしてくれる野立さん(ジャムおじさん…とはちょっと違うか)もいる。じゅうぶんじゃないか、と思うのだけど、そんなに気になるなら、

「あたしが友達になってあげましょうか」

あんたは部下でしょと却下されるのはわかっていても、あたしはボスに足りないものがあるならそれを補いたい。現実的には無理だとしても、そういう気持ちで寄り添いたい。そういう意味で言ったのに、随分と上から目線な言い方になって、あれ?と思った。ん?と何かが引っかかったような渋い顔をしてボスがあたしを見た。

怒るか怒るふりをするだろうと思ったボスは、意外にも真面目な顔で黙りこみ、あたしをじっと見つめてきた。そうして顔を寄せてきた。近づき方や顔の角度がキスするときのそれだったので、あたしはよくわからないまま目を閉じかけた。そしたら、猫にするようにボスがあたしの顎を一撫でして一言。

「木元はだめよ、ヒロイン担当だから」

こういうのでいまだに照れてあげるあたしはたぶん、結構可愛い。澄ました顔で雑誌をめくる、あたしのヒーローは口が上手い。

03:ねごと

どこにもいかないでください。

舌が溶けかけたようなおぼつかない発音で、腕の中のこどもが言う。散々鳴かせてやったあとの、眠りに落ちる寸前の甘えきった声にしては、どこか切実な響きを帯びている。

いったのは木元でしょ、しかもあんなにいっぱい。なんて、もうつっこんでくれない相手にふざけても仕方ないから私は黙る。ありったけの優しさをこめて頭を撫でてやりながら、私は黙っている。

おいてかないでください。

誰も知らない安心しきったおさない顔で、尚も不安を口にする木元を眺める。ちゃんと意識があるときは、私にも答えようのないことを木元は訊かない。私の一存では決められないことを、木元は私に願わない。物分かりがよくて助かるけれど、意識がほどけていく瞬間にときたま見せる、こういう一面も愛しく思う。

柔らかい頬をつまんでみる。すー、と小さな音が鳴る。呼吸が寝息にかわる瞬間、どこにも行かない、置いていったりしないから、と言ってしまいたくなる自分の無責任な一面を知る。


「きもとー、昨日さあ、あんた覚えてないと思うけど、どこにも行かないでくださいーって泣きながらしがみついてきたの、すっごく可愛かった、もうすっごく可愛かったんだから!」

泣いてはいない。しがみついてもいない。でも、そんな気がしたのだ。もしそうだったらもっともっと可愛かったのにと思うから、そんなふうな気がしたのかもしれないけれど。

「嘘つかないでください。あたし、ボスが生きててくれればそれでいいんで」

一切の迷いなく涼しい顔でそう言って、そんなことより今はもっと大事なことがあるとでも言うように、木元は歯ブラシの上にむりむりと歯磨き粉を絞った。