ワンナイトディストオション

三回目のチャイムでドアを開け、私の顔を見た木元がまず最初にしたことは、嫌な予感が的中したという目を前髪の下に隠すことだった。

「ちょ……っと、もう、いい加減に……っ」
「そっちこそねえ、いい加減にしなさいよ」

何をそこまでというほど必死に抵抗する木元と、馬乗りになってそれをねじ伏せる私のあいだに、粗い呼吸が吹き溜まる。まだ酔いが残っているせいで力の加減がうまくいかない。シラフであればもっと楽だっただろうけれど、高揚感に引きずられて軽い眩暈がするような、この感じが嫌じゃない。

それにほら、いくら必死に抵抗したって、力の差がどうとか体格差がどうとかとは無関係に、どうしたって自分に勝ち目はないんだと、実ははじめからきちんと正しく理解している木元の瞳に諦めの色が浮かんでくる。その始終をじっくり味わうように眺めているうちに、押さえつけていた手首からも徐々に力が抜けていく。

「んー、いい子いい子」

こんなふうに言われたら嫌だろうという声音と言葉をあえて選んだ。今はそんなことされたくないだろうというタイミングでキスをした。なんの反応も返さないことで反抗したつもりになっているのが可笑しくて素直に笑う。出会った頃よりもずいぶん大人びた無表情の下で、木元が何かに耐えている、それを見て、喉の奥から仄暗い衝動がせり上がってくるのを感じる。吐き出す手前で噛み殺す代わりに、目の前の首筋に歯を立てた。

甘くて柔いその皮膚を、歯と舌先で愛撫する。木元は黙って耐えていた。そう、だけど、声はなんとか殺せても、体の震えをなかったことにはもうできない。

顔を上げると潤んだ瞳と目が合った。何か言いたげなくちびるがキスをねだっているように見えるのは、さすがに私の思い込みなのだろうけれど。

「なあに?」

思いやりなんかじゃない、ただの思いつきで、思わせぶりに、とびきり優しく囁きかける。視線を合わせたまま答えを待つ姿勢は崩さずに、木元のラフな部屋着をたくし上げ、ずり下ろし、白い素肌に手のひらを這わせる。弾んでいた息をつめ、何事かを逡巡し、口元にやりかけていた手をシーツに降ろして、木元は観念したように口を開いた。

「酔った勢いでとか……もうやめませんか」
「どうして?」

問いかけの体を成すように丁寧に語尾を上げはしても、どうしてそんなことを言うのと責める気持ちも、その提案を受け入れるつもりはないという意思も、そのまま声に出てしまう。

だって、ねえ? 本当は酔った勢いが嫌なんじゃなくて、野立と飲んできた私に抱かれるのが嫌なんでしょう。だって、ほら、私の部屋で二人で飲んで、それこそ酔った勢いのままソファーでしちゃうことだって珍しくないのに、そんなときのあんたはいつも可愛い声をいっぱい出して、私のことをいっぱい呼んで、素直にしがみついてくるじゃない。

そう突きつけると木元は小さく息を吐いて、それからじわりと瞼を歪めた。薄い頬の下で歯を食いしばっているのがわかる。ねえ、今私が言ったこと、何か間違ってる? 楽しげな口調で追い打ちをかけたら、反射的に噛みついてくるかもしれないと期待したのに、木元はただ苦しげに呼吸を繰り返すだけだった。それきり黙り込むつもりなのかと思いきや、まだ何か、言いたいことがあるらしい。

「……嫌だってわかってるなら、どうして……、するんですか」

怒りからか悲しみからか、かすかに声が震えていて、けれども泣き出しそうな様子はない。泣けばいいのにと私は思う。

「好きだからよ」

堂々と言い放った私の身勝手さを責めることなく、木元はただただ言葉を失う。そして目のふちを、耳の端を、ピンク色に染めていく。ああ、まったく、かわいくて嫌になる。木元がそんなふうだと知らなければ、私だってこんなふうにはならなかったはずなのにと、責任転嫁したくなる。

野立と飲んだ夜はいつもここに寄って抱きたくなる、その理由。壁の向こうに音が漏れるのを気にして、必死に声を我慢しようとする木元がかわいいから。逃げ場のない狭いベッドに閉じ込められて、私にいいようにされる木元がかわいそうでかわいいから。機嫌よく酔っ払っている私を見ては、嫉妬心に苛まれている、独占欲に蝕まれている、そんな木元がかわいそうでかわいくて、愛しく思えてたまらないから。

「でも今日は……今日はやなんです」

今日、私が野立と飲みに行くことを知っていたあんたが、私がここに来るまでのあいだに一人で何を考えていたのかなんて、そんなことは知らないわ。

「そう。わかった。でも今日しないならもう二度としないから」

我ながらひどい言い草だ。さすがに木元も納得がいかないという顔をして、ほとんど睨むようにこちらを見てきた。だからって怯むようなことはないし、実際に少しも怖くない。愉快な気持ちになってきて、キスをするときのいつもの角度で、じりじりと顔を近づける。戸惑いと緊張に強ばる木元の頬が、それでも赤みを帯びていく。ふと思う。逆に今、私はどんな顔をしているのだろう。木元は私の表情に、私の中に、一体何を見ているのだろう。

「……本気で言ってるんですか」
「どうかなあ。試してみる?」

そう言って、もういい加減酔いもさめはじめていたけれど、まだ酔いが回っているときのような荒々しさで、噛みつくようにくちづけた。もう待てない。木元が身の振り方を決めかねているうちに、呼吸も言葉も奪ってしまう。思考も理性も溶かしてしまう。ほぐれた体をさらにひらいて、強引に指を沈めてしまう。

「あっ、ん…っ、う、ぁ」

殺し損ねた喘ぎが漏れる。吐息がくちびるを湿らせていく。二人で一つになるような、あの一体感はないけれど、それでも繋がっている、木元の中に押し入っている、ただの生理的な反応だとしても熱くきつく締めつけられて、高揚する自分をごまかせない、隠す必要も感じない。

中まで濡れていることがわかってすぐに、性急に指を抜いて増やして入れ直す。衝動のままに奥ばかり突くと、もういやだと拒むように、もっとほしいとねだるように、細い指先が肩に食い込む。

どこかにしゃぶりつきたくなって、赤い耳元にくちびるを寄せる。何をされるのか察知して逃げようとする木元の頭を、撫でつけながら押さえ込む。きもと、すきよ、かわいい、ほんとに。吹き込む言葉の一つ一つに大きく体を震わせて、木元が私に手応えをくれる。手放せないと余計に思う。

「あ、あ…っ、ぼす、ぅ……、おく、奥もう、やだ、ぁ」
「奥、いや? 痛い?」
「んっ、あ、いた、い……、いたい、から……っ」
「そう、じゃあ、我慢して」

ほとんど悲鳴に近い木元の声と、うんざりするほど熱っぽく甘ったるい私の声が、二人の隙間に吹き溜まる。木元が言う「痛い」が本当かどうか私にはわからない。私の言う「好き」が本物なのかどうかも本当はわからない。ただ、私に蹂躙されている、きっと内心は傷ついている、けれども体は懐柔されきっていて、もうどうすることもできない木元の様子にばかみたいに劣情が募る。

声を我慢するために頻繁に息を止めているせいで、顔が真っ赤になっている。腰の下にも膝の裏にもいっぱいに汗をかいていて、じっとりとシーツを湿らせている。こんなひどいことばかりしていたら、いつかはきっと私から気持ちも離れていくだろう。そうでなくてはならないとも思うけれど、今はまだ私のだ。私のせいで、私のために、もっとかわいそうになればいい。